建物から最も近かったのは、はたしてハーツだったかエイビスだったか、定かではない。私はこれという理由もなく、さりとて躊躇うこともなく、グリーンの看板、ユーロカーを目指していた。たぶん、以前、イタリアで乗ったことがあるからかも知れない。
20時も回っているというのに、レンタカー会社の受付けには観光客がたくさんいた。カウンターで話し込むデイパックを背負った若者、大きな荷物とともに所在なげに視線を漂わせる女性、すっかり疲れた様子の子供を見守っているすっかりやつれた夫婦。それでも、彼らには希望があるように思えた。
我々を受け付けてくれたのは、確か、ステファニーという女性であった。
目鼻立ちが日本人好みで、不幸な時間の流れの中でたった一筋だけ光が当たった気がして、ほんの少しだが、気が晴れた。
クルマは、小さいので十分だった。荷物があるとはいえ、男二人である。専門的にいえばBセグメントのハッチバックじゃ疲れが心配だが、Cセグメントなら問題ないと思われた。すぐに貸し出せる車両はトヨタカローラかセアトアルテアだという。
私が、これからスペインに行くのだし、乗ったこともないので、アルテアにしようと言うと、Y編集長はちょっと心配そうな顔をして、「カローラの方が安心だと思うけど」と言いつつも、アルテアで了解してくれた。私は、「中身はゴルフですから。ゴルフですよ、ゴルフ、ゴルフ。ワーゲンですよ」と、それが今の我々を襲った非常事態の解決に、いったい何の保証を与えてくれるのかも判らない単語を、ただ繰り返していた。
ちなみにアルテアはこんなクルマ
どこまで行くつもりなの、と聞かれたので、セビーリャだというと、そんなところは知らないわ、と彼女が答える。スペインだよ、と付け加えたら、どこか感心しながら、遠いわよ、とだけ言った。
同じEUとはいえ、国を跨がっての乗り捨てはそれなりに高いということが判った。距離無制限で、サインした契約書には1500ユーロと書かれていた。
問題は、ナビゲーションなど付いていないということだった。地図が欲しいというと、あいにくマルセイユ近辺のものしかないという。そりゃそうだろう、どこのレンタカー屋が、隣国とはいえ別の国の地図まで用意しているというのだ。それも無料のを。
仕方なく、私は、近隣地図をもらいうけ、欄外にいけばバルセロナだという高速道路だけをひとまず確認して、セアトアルテアへと向かったのだった。
蛇足だが、最近、セアトレオンクーポラというクルマが気に入っている。