思い返せば、深刻なトラブルに巻き込まれる兆候のようなものは、すでに順調な時からあったのだ。その後に起こった大変事が、全てを忘れさせただけだったと思う。
最初のトラブルは、アストンマーチンの試乗の合間に起こった。そのとき私は、たまたまプラスチックの眼鏡をかけていた。いつもはチタンフレームを使っているが日本を発つ朝、なぜか黒とオレンジのプラスチック眼鏡を、私の従順なはずの右手は掴みとったのだった。もちろん、お気に入りだから手元にあるわけで、久しぶりに掛けることを楽しむ気分になっていた。
試乗していたのはスポーツタイプのオープンカーである。自分で運転するにせよ、ゲンロクのTT編集長(当時)の横に乗るにせよ(むふふ)、それなりに風が顔に当たってしまうわけで、どうも眼鏡がずってしまう。
*試乗の合間、休憩時間中のゲンロクT編集長
われわれ日本人は鼻梁が、高い人もいるけれど、たいていは低い。鼻アテ一体型をまともに掛けようと思うこと自体、アメリカ人が大人しく正座して坊さんのお経を聞くのと同じぐらいに、ムチャなことなのだった。
昼食時だっただろうか、それでも無意識に何とかしたいと思ったのだろう、ボクの身勝手な両手によって、プラスチックのフレームはきゅっきゅっとしなりはじめていた。
悲劇はいつも突然にやってくる。気持ちいいぐらいに澄み切った破断音を私にだけ聞かせて、お気に入りプラスチックフレームは、一番細い眉毛中央よりの部分でぱっくりと割れてしまい、レンズがぽろりと膝元に落ちた。
幸い、度付きのサングラスを携行している。ドライブ中は問題ない。辛いのはミーティングや夜のパーティぐらいだろう。大いに困ったというわけでもなく、南仏での私は、そのままダークグラスで通したのだった。
*ゴート近くの素晴らしいレストランにて