「あと1時間もあるんだよなあ。」
気分は、ラウンジ備え付けの高級リゾート仲介雑誌に山ほど載っている陽光燦々と降り注いだバカでかいプール付きの家々からのあざ笑いでひと際、暗く沈みつつあった。そういえば、我々以外にあれから誰もラウンジに入ってこないし、よく見ればいつの間にかモニターのデパーチャーリストから、我々が載るはずのマドリッド便の表示が消えていた。
なぜだ??
事態の深刻さに気づかない、というよりむしろ、気づかないでいたい風情の我々は、できるだけ平静を装いつつも不思議な表情で、先刻のビジネスマンと視線を合わせた。彼もうすうす、のっぴきならない状況に陥りつつあると分かっていたのだった。もう一度、携帯電話を取り出すと、件のイベリコの知り合いに連絡を取り始めた。
この期に及んで私は、「このオッサン、ほんまに文句言うてたんやなあ」と、まるで人事に感心していた。電話を握る彼の顔がひきつっている。どうやら非常にまずい流れになってきたようだった。
「われわれの飛行機はキャンセルされたようだ。飛ばないよ」。
耳を疑った。聞き間違いかと思った。自分の英語力など中学生レベルにも至らないと思いたかった。どうやら春の休み前を狙ったイベリア航空のストらしい。
下唇を巻き上げて上目遣いに肩をすくめるスペインのビジネスマン。私も真似して肩をすくめてみた。肩凝りだな。人は、窮地に陥ったときに限って、全く関係のないことに考えが巡ってしまう。自己防衛の1つ、というわけだろう。
だからこそ、現実はこの上なく残酷だ。念のため、指定のゲートに向かうと、そこには人間が居た痕跡すらない。要するに、チェックインを、なぜだか分からぬが、済ませて中に入ったのは我々3人だけ、というわけだった。
道中の道は空いていたのも、スムースにチェックインできたのも、ビジネスラウンジに運良く入れたのも、全ては悪夢への一本道でしかなかったのだ。
この事態が意味することは何か?飛行機が飛ばないということは、別の手段を講じる必要があるのだが、振替えるにせよ何にせよ、他の乗客はチェックイン前にキャンセルを知らされているのだから、我々より先んじてしまっている。
暗澹たる気分になって、我々はもう一度、セキュリティチェックの外に出た。案の定、カウンター横にある空港運営のブースには、乗り損ねた人たちが山盛りとなって、怒号をあげていたのだった。
俺たちのミッレミリアPART4
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執筆者:koganemushi